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ドミニク・チェンの新連載エッセイが面白い。

発酵と生成の『けもの道』情報技術のオルタナティブ

情報学研究者のドミニク・チェンさんの新連載「発酵と生成の『けもの道』情報技術のオルタナティブ」がなかな面白いので紹介。
AIの時代にあるべき情報技術との付き合い方について書かれた文章たち。

・ドミニク・チェン「発酵と生成の『けもの道』情報技術のオルタナティブ」

1.テクノロジーとの距離をはかる

ことほどさように、生成AIやIoT(インターネットと常時接続されたセンサーを用いた計測技術)という便利な技術を使うことによって、想定していなかったり、望ましくなかったりする結果を引き出してしまうことがある。しかし、それこそが情報技術を介した人間の心の動き方を観察する研究の最も面白い側面なのだ。「テクノロジーの進歩は善である」という単純な思い込みから解放され、世界の複雑な様相に近づくことができるのは、一見すると失敗に見えるこのような実験の結果からなのだ。 SNSや生成AIも、結局は失敗を重ねながら少しずつマシな方向に向かっていると信じたい。

2.「つくりながら書く」

ただ、遠くに旅をすることで普段の自分の立ち位置が浮かび上がってくるように、渦中にあってはわからないことが距離を置いてみることではじめて見えてくる時がある。また、巨大なIT企業を相手にドン・キホーテのように単騎で立ち向かっても敵わないのだとしても、視線の向く先を思いきり私的でミクロな範囲に狭めてみれば、少なくとも自分の生活圏の範囲において別の切り口を見つけられるだろう。 自分の生活圏の範囲だけなら、大きな存在から逃れて自分だけの視点でみられる、というのは確かに。

もっと単純な言い方をすれば、テクノロジーを、無意識に隷属するものではなく、わたしたちがよりよく共生するためにつくり、使うものとして捉え直したい、ということだ。そのためには、テクノロジーの使用を止めたり、距離を置いたりという対症療法に満足していては不十分だ。もっと踏み込んで、情報技術が孕む問題と可能性を腑分けする必要がある。そして、テクノロジーの別様の在り方を塑形しながら、そのプロセスを通して技術の意義を語る新たな言葉をつかみとりたい。

 このためにさしあたってわたしがここで採る方法とは、「つくりながら考えたことをすぐに書いていく」というものである。これは一見、当たり前のことのように見えるかもしれない。だが、そうではない。 作った成果物だけじゃなくて、その過程を載せていくのは、最近よく見る気がする。

『未来をつくる言葉』(新潮文庫)や『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』など面白い本を書かれてる方なので、コラムも続けて読んでいくつもり。

今日はそんな感じで。
かわなみ

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